くりえいてぃぶってなんだ?

2015/09/11

  今、ニポンのグラフィック(平面)系が「お粗末様でしたー」状態になってて面白いですw まあ、どの世界も利権や人脈にドップリですし、アートとかクリエイティブとかはあんなもんですよ。それにひょっとしたらアートとかクリエイティブな人は、その言葉を口にしないのかもしれません。私がデザイナー現役の時に、静物では多くの写真を撮っていただいた故 福田匡伸さんに作品について尋ねたところ「アート?違うね。そんなややこしいもんじゃない」という発言をされまして、最も氏の印象に残っている言葉になっています。匡伸さんのプライベート作品はニューヨーク近代美術館や国立国際美術館に所蔵されていますし、広告賞もかなりの数を受賞されています。とてもアートやクリエイティブに近い方だったフォトグラファーだったわけですが、そのうち私が30代前半になって「ああ、なるほどな」と氏の考えを理解できました。ちなみに私が広告賞を獲った作品は、福田匡伸さんと西口司郎さん参画のものがほとんどですが、西口さんの口からもあまりアートやクリエイティブという言葉は聞かなかったですね。西口さんで印象に残っているのは「私はプロです」という自信に裏付けされた言葉です。

  人間は「自分は人と違うんだ」と思い込みたいわけですが、アート、芸術、クリエイティブというのは、そのための手軽な言葉ですね。だからそういう人達は意識高い系がほとんどなんですよw (俺ガイルの)玉縄みたいなw ちなみに私は30代前半位から自身のものづくりに対してアートやクリエイティブという言葉は使っていません。

  ま、私は今は砂漠の商人です。アートやクリエイティブな仕事から移行して良かったと思います。親しい人間にそういうややこしい事を言う人間はいませんしね。私は昔ニーチェのファンだったので知識というものを粗末に考えていたのですが、時代も変わった現代では意味が空虚なアート・クリエイティブうんぬんより、情報と知識量、それを再編集する力こそがすべてという感じがします。

  クリエイティブという言葉を敢えて使うとすれば、それは職業にあるのではなく、頭の中にあるものだと思います。
 
 
あらゆる語ることのうちには、常に一片の軽蔑がある。思うに言葉というものは平均的なもの、中庸なもの、話すことが好きな者のために考案されたものにすぎない。言葉によってすでに語り手は自分を卑俗化しているのである。—–F.W.ニーチェ