時間を人との議題にすると面白い 笑

2015/12/10

  そもそもタイムパラドックスは概念的=論理学上の難題ですが、並列する時間=いくつもの世界線を仮定してしまう時点で論理学じゃなくなっているんですよね。論理学は概念を整理してどんどん単純な概念=世界観にして行くべき世界なのに、どんどん概念を増やしてどーする?w 出発点からパラドックスってるわけです。

  要するに時間は論理学で考えてはいけない。聡明な論理学者ヴィトゲンシュタインの「語り得ぬことについては口を閉ざすべき」なのに語ってしまっている。私の過去ログ「時間について」は、タイムパラドックスという概念を論理学のみにしばりつけたら?という仮定で説明した完璧な論理だと思っています。

  じゃあ本当の本当にタイムパラドックスはおきないのか?それ以前に時間って何なの?という問いに対して真理(さえあるかどうか解らないですが)を追求するならば、それは神のみぞ知るという事で、もう論理学ではなく形而上学で考えるべきなのです。解りやすく言えば宗教とかブッダの世界で考えるということですね。

  ま、ソクラテスもプラトンも悩んで大きくなって死んでいったわけです。もし本当に悩んで死んだならば、それは「語り得ぬことについて口を閉ざさなかった」からに他なりません。

  で、お題目の「時間を人との議題にすると面白い 笑」に戻りましょうか 笑。時間やタイムパラドックスについて話をふっかけると、100%前述した根本的にパラドックスってる事を認識していません。だから面白いんです。というわけでフラグ?回収したので、この辺で。